今回は勘合貿易について簡単に説明していきます。室町幕府3大将軍足利義満の時代に非常に栄えた勘合貿易とその内容を見ていきましょう。
勘合貿易はいつからいつまで?勘合貿易の時代は室町時代。そして、足利義満による勘合の登場。貿易相手の国は中国。
勘合貿易の時代ですが、室町時代に行われていました。

室町時代は、鎌倉時代のつぎの時代になります。
そして、3代将軍である足利義満が始めたのが、この勘合貿易になります。
勘合貿易は1401年からあ1549年まで行われていて、室町時代から安土桃山時代にも残る貿易方法だったので、日明貿易と言われることもあります。
室町時代は1336年から1573年です。
明の国は、1368年から1644年です。
勘合貿易が勘合で倭寇と見分けた理由。倭寇は密貿易をする日本人なので、勘合で見分けた。
勘合貿易ですが、当時の日本には、瀬戸内、九州中心に物を奪ったり、密貿易をする倭寇がいました。

倭寇も日本人で船も持っていたので、
室町幕府は、正式な貿易をするためには、正式な貿易船と倭寇を見分ける必要があり、

正式な貿易の船には勘合と呼ばれる木の札を持たせることで倭寇と見分けたので、勘合貿易と呼ばれました。
勘合貿易で日本が輸入した物、輸出したもの。
勘合貿易で日本が明に輸出した物、輸入した物を見ていきましょう。

勘合貿易で、当時の中国の明に輸出したものは、銅、硫黄、金、刀剣、漆器、蒔絵などです。
逆に、日本に輸入したものは、銅銭、生糸、糸、織物、陶磁器、仏教教典などでした。
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勘合貿易で中国から銅銭を大量に輸入した理由。
勘合貿易では、中国から大量に銅銭を輸入しています。
この理由は2つ。
一つ目の理由は、足利義満が、神社、仏閣の鐘などの装飾のために銅が欲しかったこと。

2つ目の理由は、鎌倉時代、室町時代前期は日本国内で貨幣をほとんど製造しておらず、このように海外の貨幣を使っていたからです。
結果的に、この勘合貿易での明の銅銭も流通することになりますが、室町時代後半には日本国内の石見銀山で日本での貨幣製造が再開しました。
一応書いておくと、国民全員が貨幣を持っていたわけではなく、物々交換や、糸などとの交換も普通にある時代です。
勘合貿易と朱印船貿易の違い。朱印船貿易は江戸時代に家康がしたものなので全然違う。
最後に、勘合貿易と朱印船貿易の違いを書きます
勘合貿易は、室町時代が始まりで、足利義満が、倭寇と見分けるために勘合を使って船を見分けて、日本と明で貿易しました。
朱印船貿易は、江戸時代の徳川家康は鎖国を考えていない人だったので、家康が京都や大阪の商人に貿易を許可する朱印状を与えて貿易したことを指します。その後、3代将軍の時に鎖国するので朱印船貿易もなくなりますが。
勘合貿易と朱印船貿易は以上のような違いがあります。
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